塩谷の岬へ、夫、そして、ダウン症候群の息子と行ってきました。
海が広がる山並みを目指して、
思っていたよりも奥にあり、「こんなところまで来るんだ」と思いましたが、実際に到着してみると、そこには素晴らしいロケーションが広がっていました。

【海を眺めながら走る海沿いの道路】
平日に来たことも正解だったと思います。
もし観光客でごった返していたら、せっかくの景色をゆっくり楽しめず、少しうんざりしていたかもしれません。
突然聞こえてきた美空ひばりさんの歌
トイレから出てくると、夫が私を呼びました。
「こっちに来て」

行ってみると、そこには塩谷の岬の歌が刻まれた石碑と、その歌を歌った美空ひばりさんの写真が貼られた石碑がありました。
その場所に立つと、突然歌が流れ始めました。
思いがけず聞こえてきた美空ひばりさんの歌声。
素晴らしい歌声に、思わずその場で聞き入ってしまいました。
灯台と石碑を写真に収めたあと、今度は灯台を目指します。
灯台までは「10分程度」と書かれていました。

普段あまり運動をしていない私と夫は、少し心配しながら階段を上り始めました。
この階段は103段あるそうです。

※【あちこちにあった、ラセイタソウ】見かけない植物なので写真に取っておいてしらべました、今は花の時期なのですが、花は草の下に小さく咲いているらしく確認できませんでした。
灯台には上れなかったけれど大満足
12時から13時までが職員の方の休憩時間なのでしょうか、灯台に上ることはできませんでした。
※事前に階段を登る前に案内板が掛けてあったので確認済みです。
灯台参観料:300円です。

灯台までの道や周辺の景色を見ることができましたし、何より、この日の穏やかな天候のおかげで、ゆっくりと景色を楽しめました。
そして、私が心配していた強風もありません。
「眼鏡が飛ばされなくてよかった」と思いました😊
もっとも、強風という情報は、実際に灯台の上に上ったときの話なのかもしれません。

この日の昼食はモリモア、スマホで検索しながら向かいました、情報には事前に営業しているか確認した方がいいと書いてあったので、確認してからむかいました、
窓から見える景色は漁場のようで、船がたくさん見えました。
夫はお刺身定食、私はフライ定食、息子はエビフライ定食でした。
私のスマホの不具合で夫の刺身定食しか写っていませんでした。(´;ω;`)ウッ…
もちろん、情報のようにシェアしながら頂きました。
美味しかった。
灯台の近くにも食堂がありました
塩谷の岬の目の前に海鮮丼の登りがありました、こちらを昼食に使ってもうよかったのかもしれませんが検索しても分かりませんでした。😢
海岸の景色も素晴らしかった
近くの砂浜も、素晴らしいロケーションでした。
この日は外の気温が高めのなか
灯台までの道では、103段の階段を汗だくになりながら上ってきました。
そのため、灯台を見たあとに、さらに海岸まで歩いていく気力は残っていませんでした。

それでも、海岸の景色は写真に収めてきました。
写真を見返してみると、やはりきれいな場所です。
そして、この場所へ来た私には、もう一つ目的がありました。
15年前に見た被災地を探していました
今回、私が塩谷の岬まで来たかった理由は、観光だけではありません。
15年前に見た、あの被災地。
灯台に行こうとして迷い込んだあの場所が今どんな復興を遂げたのか、
復興した現在の姿を、自分の目で確かめたかったのです。
私は、東日本大震災の1ヶ月後に見た光景を覚えていま
あまりにも凄まじい光景だったため、その記憶は今でも残っています。
その場にいた人達はみんなが押し黙ていました。
夫は私が写真に収めようとすると止めました、この場所の亡くなられた方々のれいを弔うためです。
ところが、探していた場所が見つからない
ところが、塩谷の岬に来てみても、ここではないと確信しました。
夫は「北茨城の六角堂に行った」
と言います。
そこで帰りに北茨城の六角堂にも立ち寄ってみることにしました。
夫の記憶では、車を置いて、その先にある灯台を目指したというのです。
確かに、右の遠くには灯台が見えていました。
でも、私が探していた被災地跡は見つかりません。
私の記憶と夫の記憶が少し違っていました
夫は、その場所は「小さな集落だった」と言います。
でも、私が覚えている場所には、銀行も消防署もありました。
だから私は、
「そんなに小さな集落だったはずがない」
と思いました。
長い年月の中で、人の記憶が少しずつ変わることはあります。
実際、夫は六角堂を見たと言いますが、私は六角堂を見た記憶がありません。
調べてみると、六角堂は東日本大震災の津波で流失し、再建されたのは翌年でした。
そう考えると、私たち夫婦の記憶にも、少しずつ違いがあるのかもしれません。
それでも、探していた場所は大津港だった
その後、調べていくうちに、私が探していた場所は大津港周辺だったのではないかと思うようになりました。
大津港周辺も東日本大震災で津波の大きな被害を受けています。
そして昨日、私たちはその周辺を通って帰ってきました。
でも、そこにいるときには分かりませんでした。
「ここだった」と気づかなかったのです。
15年後の復興した町を見てきた
昨日は「被災地を見つけられなかった」と思っていました。
でも、今になって考えると、見つけられなかったのではなく、復興して景色が変わっていたために分からなかったのかもしれません。
15年前の記憶の中にある景色と、現在の景色。
同じ場所だとしても、簡単には重ね合わせることができません。
行ってみてよかった

今回、塩谷の岬へ行ってよかったと思っています。
美しい海岸を見ることができました。
灯台にも行きました。
思いがけず美空ひばりさんの歌声を聞くこともできました。
実は今回塩谷の岬に来たのは夫が宗谷岬の歌と塩谷の岬の歌を間違えて覚えていたことがきっかけでした。
そして何より、私達が見た被災地が今どうなっているのかを、自分なりに確かめることができました。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
- 走行距離493,2㎞
塩屋埼灯台へ行って分かったこと
今回、実際に塩屋埼灯台周辺を訪れてみて、「これから行く方に知っておいてもらいたいな」と思ったことをまとめました。
- 灯台までは103段の階段があります。
私たちは思っていた以上に汗をかきました。特に暑い時期は、無理をせず休みながら上るとよさそうです。 - 灯台の参観時間を確認してから出かけると安心です。
私たちが訪れたときは、12時から13時まで灯台に上ることができませんでした。せっかく訪れても時間によっては入れないので、事前に確認しておくと安心です。 - 灯台参観料は大人300円でした。
料金は変更されることもあるので、訪れる前に最新情報を確認するとよいでしょう。 - 灯台に上らなくても、周辺から海の景色を楽しめます。
私たちは今回は灯台の中には入れませんでしたが、周辺から見える海や灯台だけでも十分楽しめました。 - 昼食は事前にお店を調べておくと安心です。
私たちは「モリモア」という食堂を事前に調べ、営業していることを確認してから向かいました。旅先では、行ってみたら休みだったということもあるので、確認しておいてよかったと思います。 - 自家用車なら、周辺の場所と組み合わせて訪れるのもおすすめです。
今回は塩屋埼灯台だけでなく、北茨城の六角堂にも立ち寄りました。目的地を一つに絞らず、周辺を一緒に巡ると日帰り旅を楽しめます。
そして、この記事ではもう一つ、読者に伝えたいことがあります。
15年前に見た被災地を探して、現在の町を訪れてみましたが、復興によって景色が大きく変わっていると、昔の記憶だけでは場所を特定できないことがあります。
これは私自身が今回の旅で実感したことです。
「あの場所はどこだったのだろう」と思っている方も、実際に訪れてみると、記憶の中の景色とはまったく違って見えるかもしれません。
昔の景色と今の景色を比べながら歩くことも、旅の一つの楽しみなのだと思いました。
最後まで読んでいただきありがとうございました
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