埼玉に住んでいた頃、千葉に住んでいる女性と、ある仕事がきっかけで友達になりました。
その人は、ご主人のDVに耐え切れず、子どもを置いて家を出てきた人でした。
気が合う友達
私も家庭の事情を抱えていたことから、直ぐに意気投合しました。

「友人と訪れた鬼押出園で撮影した、懐かしい思い出の一枚です」
その友人は千葉県に住んでいて、私の実家にも遊びに来たことがあります。気が合い、楽しい時間を過ごした大切な友人の一人でした。
彼女が結婚したあと、ご主人と一緒に遊びに来たいという連絡がありました。
母は見知らぬ男性を家に泊めることを心配し、親戚の宿を紹介しました。
その時の出来事は、友達①で詳しく書いています。
それから10年ほどが過ぎた頃、不思議とその友人のことを思い出しました。
「元気にしているだろうか。」
そんな気持ちになり、私は自分から連絡をしました。
ご主人からの手紙
すると、返ってきたのは友人本人ではなく、ご主人からの手紙でした。
そこには、友人がすでに亡くなっていること、そして亡くなるまでの経緯が丁寧に書かれていました。
友人は病気で壮絶な入院生活を送り、その後、認知症を発症したそうです。
最後は何も分からなかった
最後は家族のことも、自分のこともわからなくなり、そのまま息を引き取ったと書かれていました。
私は、その手紙を読んで大きなショックを受けました。
もっと早く連絡していれば
「あのとき、もっと早く連絡していたら会えたのだろうか。」
そんな思いが頭をよぎりました。
宿での出来事も含めて、その友人との思い出は今でも忘れられません。
だからといって、友人との楽しかった思い出まで消えてしまったわけではありません。
時は流れて
一つの出来事がきっかけで距離ができ、そのまま時が流れてしまいました。
人生には、やり直せることもあれば、二度と戻らない時間もあります。
今回、友人のことを思い出し、改めて感じたのは、「いつか会おう」「そのうち連絡しよう」という言葉は、決して当たり前ではないということです。
会いたいと思う人がいるなら、その気持ちを大切にしたい。
お母さんはどうして友達がいないの
ある日、娘からこんなことを聞かれました。
「お母さんは、どうして友達がいないの?」
突然の質問でした。
そうだね
私は少し考えてから、「そうだね」と笑って答えました。
「今は友達と呼べる人はいないかな。」
娘は不思議そうな顔をしていました。
友達がいなくても困らない
でも私は、友達がいないことで困ったことは一度もありませんでした。
誰かと比べて寂しいと思ったことも、無理に友達を作ろうと思ったこともありません。
笑いあった友達がいた
もちろん、一緒に笑い合った友達がいた時期もありました。
でも、私にとって友達とは、ただ長く付き合えばいいというものではありません。
お互いを尊重する
お互いを思いやり、尊重し合えることが何より大切です。
その気持ちがなくなってしまったと感じたとき、私は無理に関係を続けることはありませんでした。
不幸ではない
だから今、一人でいることを不幸だとは思っていません。
人との縁は、無理につなぎ止めるものではなく、自然に続くものなのだと思っています。
娘の何気ない一言のおかげで、私は自分の友達との付き合い方を、改めて振り返ることができました。


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