農場で働いていた頃には、今回ご紹介した白菜畑の思い出以外にも忘れられない出来事がたくさんあります。
広大なキャベツ畑で夜盗虫を箸でつまんで取り続けた作業や、農場で出会った個性豊かな人たちの話など、今振り返っても印象深い思い出ばかりです。
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朝の通勤路で起きた珍しい出来事
農場の仕事は朝が早かった。
現場には朝6時頃に着かなければならず、私はまだ暗いうちに家を出ていた。会社は倉淵の奥の高原地帯

ある朝、いつものように車を走らせていた時のことだ。空は少しずつ明るくなり始めていたが、まだ薄暗い時間帯だった。
車に追突してきた
突然、「ドン!」という衝撃がした。
何事かと思ったら、一羽の鳥が車にぶつかってきたのである。
鳥の種類は分からないが、雉くらいの大きさだった。もしかすると、まだ飛ぶ練習をしていた若い鳥だったのかもしれない。
長く車を運転しているが、鳥の方から車にぶつかってきたのは後にも先にもこの一度だけだ。
農場では夜盗虫を取ったり、炎天下で作業したりと大変な思い出が多いが、この出来事も不思議と記憶に残っていた。
3月から12月までの仕事
農場の仕事は、
春の3月に仕事が始まり、冬も12月頃までは何だかんだと仕事がある。だが、1月と2月はクローズになる。
この空白の期間が、私には大きな問題だった。
社員や
、別の収入源がある人なら続けられたかもしれない。しかし私には難しく、最終的に農場の仕事を辞める理由の一つになった。
自然に出てくる涙と太陽

そんな農場での思い出の中でも、忘れられない現場がある。
白菜畑だ。
季節は冬。雪はまだ降っていなかったと思うが、とにかく寒かった。
ホッカイロをあてて厚着をし、厚手の靴下を何層もはき防寒靴を履く
それでも寒い
それでも寒い。
寒いというより、体の芯まで凍りつくような冷たさだった。マイナス何度だったのだろうか、
作業をしているうちに、私は涙を流していた。
悲しいわけではない。
つらい出来事があったわけでもない。
ただ寒いのである。
寒さで目から涙があふれてくるのだ。
今まで生きてきて、そんな経験は後にも先にない。
それでも、そんな厳しい環境だからこそ見られる景色がある。
やがて太陽が山の裾野からゆっくりと顔を出してあたりを照らす、
こんな素晴らしい朝日を体感できるのはこの仕事ならではです。そして高原の朝日は格別でしたし、
凍えるような白菜畑、白い息、あたりがだんだん緩んでくる、忘れられない体験でした。
農場で出会った忘れられない人びと

農場にはさまざまな人が働いていた。
その中に、特に印象に残っている人がいる。
繫盛していたラーメン店主
東京でラーメン店を経営していた元オーナーシェフだ。
リピーターの多い繁盛店で、何店か、店を出していたという。
しかし体を壊したのか、あるいは壊しそうになったのか、店を辞める決断をした、
その後、群馬へ移り住み、自宅は自分で建てたと話していた。主任が言っていた、
「人間は二種類の人間がいる、好意で何かもっといい方法があると模索しながら行動する人がいる、
しかし、私達はこれがベストだと確信してやっている、変える気はない、
大人しく従ってくれ」これを言われた張本人、そして私もその一人だった、
後の人生でどんな仕事をしてもこの言葉は忘れないし、基準にしている。
新しいことに挑戦し、人生を切り開いていくのも大事だが、変えてはいけない物もあると、

レタス、キャベツ、大根、ズッキーニ、茄子、白菜、いんげん、東京のセレブな人たちが使う高級スーパーに卸
していた。
農場での仕事は決して楽ではなかった。
寒さもあったし、将来への不安もあった。
それでも、あの朝日や、出会った人たちのことを思い出すと、あの日々は私の人生の大切な一ページだったのだと思う。


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