えりやきは今でもまずい――山ひとつ越えると言葉も変わる
子どものころ、私は食が偏っていて、食べられるものが限られていました。家でも学校でも、食べることにはずいぶん苦労しました。学校の給食も、なかなか食べられなかった。
家にはまだかまどがあり、米には麦が混ざっていた。自家製豆腐は苦く、漬物はしょっぱく、畑でとれた野菜を漬ける、自家製味噌も、子どもの私には不思議な味だった。食卓には自家製麦で作ったうどんが毎日出たが、その汁もサトイモ、ネギ、煮干し三匹に味噌という具合で、子どもの舌には厳しかった。
そんな中でもよく食べていたのはえりやきです
自家製の粉を水でとき、油をひいたフライパンで平らに焼く。食感はもちっとしていた。砂糖醤油で食べるのが普通だったのだろうが、甘いものが苦手だった私は、醤油だけで食べていたかもしれない。
正直に言えば、えりやきはまずかった。
だが、子どものころはそれしかなかった。遠い畑へ行くときには、それを持っていき、お昼にした。両親や祖父母と一緒に畑へ行き、何もない山あいで食べるえりやきは、その時だけはたぶんおいしかった。空腹と疲れが、味を変えてくれたのだと思う。
面白いのは、一山向超えた地域では言葉が逆になること

私たちの里で「えりやき」と呼んでいたものを、向こうの里では「せんべい」と呼ぶ。逆に、こちらで「せんべい」と呼ぶものを、向こうでは「えりやき」と言っていた。
山ひとつ越えただけで、食べ物の名前が入れ替わるので今のです。いまのように情報がすぐ広がる時代ではあるなせん、集落ごとに暮らしがあり、言葉があり、食べ方があったのでしょうか?
懐かしい味は、おいしかった
ずっと後になって、父が打った少し色のついた自家製うどんに、ネギと里芋の汁で食べたことがありますが、懐かしくて、とてもおいしかった。あのころの味は、子どもの私には理解できない味だったのだ、とその時わかっりました。
子どものころ「まずい」と思っていたものの中にも、本当はうまいものがあったのです。
でも、やっぱえ、えりやき、はまずい。
すこしだけ色のついた小麦粉もすこしだけ苦かった
のかもしれない。
あれは今食べても、やっぱりまずいと思う。
自家製味噌に採れたキュウリや
茄子をつけていた、なので漬物はしょっぱくて、つけられた味噌は独特な味をしていました。、
店先で買った味噌のほうが美味しくかんじられました。でも今ではただ懐かしい味と思い出です。
後になって母はドーナツを作ってくれるようになりましたが、母は私の偏食に苦労したと思います。
こんな体験は私だけでしょうか、ちなみに母方の祖母はえりやきの生地に蕗の薹と味噌、砂糖を
入れて作ってくれました。


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