食品工業で働いていた頃、私と同じ年齢のブラジル国籍の女性がいました。生まれは日本ですが、国籍はブラジルでした。
友達になりたかった女性

仕事を通じて出会った仲間と過ごした、大切な思い出の一枚です
最初に見たときは、少し怖そうな人だと思っていました。でも、一緒に働くようになると、その印象はすっかり変わりました。
優秀な彼女
仕事がとてもできて、周りへの気配りも自然にできる、本当に素晴らしい女性だったのです。
私は、この人と友達になりたいと思うようになりました。
休憩時間を一緒に過ごす
朝の休憩も昼休みも一緒に過ごしました。仕事は別々のレーンだったので作業中は離れていましたが、自分の仕事が早く終わると、私はいつも彼女の手伝いに行っていました。
皆の輪に入って
彼女の周りには、いつもたくさんの人が集まっていました。その輪の中に私も入れてもらい、みんなで楽しく過ごしていました。
ちゃんと話がしたかった
でも、私が本当に話をしたかったのは、その女性でした。
人気者だったので、二人だけでゆっくり話をする時間はほとんどありませんでした。
ある日、彼女がこんなことを話してくれました。
かなえられなかった約束
「一度でいいから、着物を着て写真を撮ってみたい。」
その言葉を聞いていつかかなえてあげたいと思いました。
しかし、その願いがかなうことはありませんでした。
私はその職場を退職し、それ以来、みんなとも会わなくなってしまったのです。
もう一人の気になる存在
それから長い年月が過ぎ、今の会社でも「この人と友達になれたらいいな」と思える女性に出会いました。
私と誕生日が四日しか違わない同年代の女性です。
私が一番好きだったのは、その人の声でした。
安心できる声のトーン
安心できる声のトーンで、話をしていると心が落ち着き、自然と信頼できる人だと感じていました。
私はその女性と、静かな喫茶店で本を読んだり、おしゃべりをしたりすることを、時々想像していました。
でも、それは私の中だけの小さな夢でした。
自分からは言えない
若い頃のように、自分から「友達になりませんか」と声をかけることは、もうできなくなっていました。
その女性は、もともと小学校の先生をしていた方です。
学歴の違いに戸惑う
私は心のどこかで、「きっと話が合わなくなる」と決めつけてしまい、一歩を踏み出すことができませんでした。
やがて私たちも六十五歳を過ぎ、会社から「元気なうちに退職を考えてください」と言われるようになりました。
その女性は、私より先に会社を辞めました。
踏み出せなかった一歩
最後まで連絡先を交換しようか迷いました。
でも、結局できませんでした。
臆病になった
私は、友達を作ることに臆病になっていたのだと思います。
それでも、今日、とても嬉しいことがありました。
中学校時代の同級生から連絡があったのです。
会いたいな、の一言
しばらくぶりのラインです。
「また、○○ちゃんに会いたいな」
私は思わず、
連絡ちょうだい
「久しぶりー元気だよ、こっち来たら連絡ちょうだい」
同級生は、
「帰る日が決まったら連絡するよー」
友達は自分から作るのではない?
友達は、自分から作ろうとしてできるものではないのかもしれません。
気がつけば、自然とそばにいてくれるものなのかもしれません。
そして私は、今日、あらためて気づきました。
私にはまだ友達がいたようです
私は、人の顔色や仕草、話し方の変化にとても敏感です。
だからこそ、親しくなればなるほど、小さな違和感に気づいてしまうことがあります。
嫌いになってしまう
そして、もし私が相手を嫌いになってしまったら、その人との楽しかった思い出まで色あせてしまうような気がしていました。
だから私は、一歩を踏み出せませんでした。
いい思い出のまま、心の中で残しておきたい
そんな友達も、人生にはいるのだと思います。
この記事を書いているときに届いた同級生からの連絡
実は、その同級生との縁も、私は自分から少しずつ終わらせようとしていました。わざと連絡をしないようにしていた時期もありました。
振り返りながら記事を書いた
でも、友達について振り返りながら記事を書いているうちに、自分の気持ちに少し変化がありました。
私は、「こちらに来ることがあったら連絡してね。」と返事を送りました。
その返事を送りながら、ふと思いました。
この友達は、大事にしてもいいかな。
そう思えたことが、私にとって何よりもうれしい出来事でした。


コメント